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ペーパームーン

主に大人になって習い始めたピアノについてのブログです。 その他日常雑記。腐女子のため、たまに内容注意(笑)

母が今日、長年勤めていた仕事を退職しました。
母は看護師で、働き始めて40年以上、ずっと仕事一筋で働いてきました。
看護師は3交代勤務ですが、うちは父もセメント工場勤務で3交代勤務だったので、
両親どちらもそろうことは珍しく、2人ともいないことも多いような家でした。
兄と2人のことが多く私は兄に育てられたようなもので、寂しい思いもしましたが、
仕事第一、具合が悪くても点滴をしながらでも働いていた母を、とても尊敬しています。
私なんかと、仕事に対する姿勢が全然違う。
あの姿勢、私も見習わないと~と最近良く思わされます
激務のこの仕事、ずっと本当に大変だったと思いますので、
しばらくはゆっくり休んで、溜まった疲れを癒してほしいと思います^^;
って、温泉好きの母なので、こんなこと言わなくても、
疲れを癒しにさっそく温泉に向かいそうですけど(笑)。
とにかく、長い間本当にお疲れ様でした❢


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お母さま、お疲れさまでしたm(__)m
すばらしい、お母さまです!
子どもの頃、寂しい思いをしたようですが、
こうして母親を理解し尊敬できるエラニユースさんも とても素敵です^^
お母さまも、まだまだこれから人生を満喫してほしですね^^
温泉、いいですよね‥

2011.05.20 00:55 URL | florally #- [ 編集 ]

看護師の居る家庭は、本人も大変ですが
周囲も大変です。準夜勤や夜勤の際、
1人家に居る者が欠けるだけで家事など
もろもろ家に居る者にふりかかってしま
います。
また、夕方の16時半に仕事に入り明ける
のは翌朝の9時、仮眠が2時間程度ある
と聞きますが、その割りに給料は決して
良くないと思います。
以前から言われる3Kは、今も改善されて
いません。

我が家も看護師(正看)がいます。昨夜から
夜勤で未だ仕事中です。
わたしには、真似できない重労働です。
40年間以上のの勤務、本当にご苦労様でし
た。

2011.05.20 08:48 URL | sky #3Ob1pUCc [ 編集 ]

そうでしたか。お母様、頑張ってこられたのですね。これからは肩の荷をちょっとおろして、ゆっくりしてほしいですね。
人を助ける、困っている人の力になるという使命感がないと、なかなかできる仕事ではないと思います。でも、それも家族の支えがあったればこそ。素晴らしいことですね。

2011.05.20 12:43 URL | ばんちゃん父 #aD8rHxOM [ 編集 ]

看護士を40年以上もなんて素敵なお母様ですね!
きっと退職するのは少し寂しいのでしょうけど、でもこれからゆっくりいろいろお母様のやりたい事をたくさん出きるといいですね♪
お疲れ様でした。

2011.05.20 18:38 URL | らべんだ~ #iydQorAY [ 編集 ]

立派なおかあさんですね。お疲れ様でした。
お仕事がお好きのようですから、
やがてソワソワしはじめるかもしれませんが、
今は、ゆっくり骨休めしていただきたいですよね。

しかし夫婦ともに交替勤務というのは、
親も子供も大変でしたね。
でも親ががんばっていたら、子供はいい子に育つのですね。
お兄さんもがんばったのでしょうけど^^

どんなお兄さんかな。
歳の離れた優しいお兄さん?

私の子供のときも、両親共稼ぎ、
交替勤務ではないけれど、兼業農家だったので、
会社勤めから帰って畑仕事。夜遅くまで帰ってこない。
土日も畑で、親は家にいませんでした。
そのせいか少し歳の離れた兄は優しかったですね。

当時の農家なんてどこもそんなものだったのでしょうが、
親がいないからといって子供の食事なんて作っておいてくれません。
ガッコ行く日は給食があるけど、
土日は自宅にあるもので自力でなんか作って食べる。
あるいは親が夜遅くまで帰ってこないときも。

兄に育てられたというほどのことではないのですが、
ガスコンロやフライパンの使い方、
インスタントラーメンの作り方など、
簡単な料理は彼がコーチしてくれたはず。

家にコメや野菜はあってもたんぱく質がない。
当時、肉はすごく高い。彼はどうやったのか、よく、鳥の内臓を調達してきてました。
それを煮込んだ怪しげな「料理」。
海の近くだったので、蟹やアサリなども採ってきて食べさせてくれました。

幼い頃は麦飯、秋の収穫前にはそれもなくて芋ばかり食べてた。
そんな育ちのはずで、良いものは食べてない。
そして両親、とくに体格よくもない。
なのに私、同世代の中では背が高いほうに育ちました。
学校給食と彼の料理のおかげでだと思ってます。

なんか話が「兄」の方へ流れてますが、
彼が30代はじめに亡くなっているので、私は「兄」という言葉に弱い。
彼のことを想うとつい涙腺がゆるくなります。

-----------------

にいちゃん。今日、職場のメールに、
「60歳以降再雇用制度にかかる面談」なるものの案内が来ていたよ。
55歳になると来るんだ。60歳以降も働く気があるかどうかの確認が。
なっちゃうんだ、ボクももうこの5月末でね、55歳に。

さらに57歳、59歳と面談・確認がある。
数年おきに「お前はもう年寄りだ」って念押しされるわけだ。
そして、60歳以降も雇用してくれるかというと、
人を必要としている部署があって、働ける能力があると認めてもらえれば、
一度「定年」になって「再」雇用。給料は半分以下。

「定年」って制度に無理がきているのに、それを上手く会社に利用されてる状態かな。
まあ、ボクが社会人になったころは、55歳が定年だったんだから、
徐々にそれが延びて、60歳定年になって、再雇用制度ができて、
「定年」がなくなる過渡期なのかな。

でもそうだよなアノ頃、55歳定年を不思議に思わないくらい、ボクには、
定年になっていく人たちは「おじいちゃん」に見えた。
今のボクも若い人から見れば、そう見えるのだろうかな。
見えるのだろうな。

見えるだけじゃないよな。
実際、いろんなことができなくなってきている。
近視のくせに、眼鏡をはずさないと近くのものが見えなくなったのはもう10年近くも前か。
その後は、坂道、いや階段を下りてきた感じだな。
ふと気がつくとできないことが増えている。

新しい事に取り組む気力もすっかり萎えた。
以前はさ、あちこちの部門のブーイングをあれこれ調整して、
仕事のやり方変えて、
変えてみたらみんな「なんで今までこうしなかったんだろう」
ってさ、そう思わせるが好きだった。

それがさ、最近はめんどくさいんだ。
みんな以前と同じやり方したがってるならそれでいいじゃないか。
昨日と同じように今日を過ごす。
そしていつのまにか一週間。
いつのまにか一月。いつのまにか一年。
で、気がつくと、同じことしているつもりで同じことができなくなっている。
小説もかけない。歌もできない。
32歳のままのにいちゃんから見てどうだい。
やっぱり、ボクはおじいちゃんになったのかな。

「そうだな。老けたなあ、ショウちゃんも」
「えっ、誰だ、今の声は」
「おいおい、話かけておいてそれはないだろ」
「話かけた?そんな覚えは…、って、にいちゃんなの」
「そうだよ。もう声は忘れたか。長く話してないからな」
「長くって、死んでから一度も返事なんかしなかったじゃない。なんども呼びかけたけど」
「返事があると思ってたのか。お前、ダダモノ論者で霊魂なんて信じてないだろ」
「そりゃそうだけど。だけど、だったらなんで今頃返事するんだよ」
「ちょっと今日は特別でな。もうお前のグチは聞いてやれないから、それを言いにきた」
「どういうこと」
「今日で諦念なんだ。お前より5歳年上だから、生きてれば60歳」
「テイネン?」
「そう諦めを念じると書いてテイネン。この世への未練がなくなる日だ。お前のことが気になって成仏しないできたが、今日でさよならだ」

「初めて返事しておいて、いきなりもうさよならって」
「返事しなくったって、お前、わかってただろ。オレが聞いてるの。お前がグチを言う相手はオレだけだったじゃないか」
「…。他に、言う相手いないかったから。ごめん、聞いてくれてたのか。いやだったんじゃない。グチを聞くなんて」
「いや、こっちこそすまんな。オレが早く死んで、おかあちゃんのことじゃ苦労かけた」
「別に、たいしたことじゃない。永遠に32歳かと思ってたけど、そうか、にいちゃんも60歳か」
「そうさ。オレはお前の心の中で生きてたんだ。お前と一緒に歳を取った。見た目は32歳のままだけどな」
「えっ、それずるいよ」
「心配するな、タダモノ論者のお前には見えないから。てか、お前がいつまでも32歳のオレを覚えててくれてるからな」
「ならしょうがない。若造にいつまでも甘えてられないね。ボクもいいおっさん。いや年寄りだ。いまさらだけど大人にならないとね。これからはグチなんか言わずに生きていくよ」

「そなんことしなくていいさ。これからは、いやなことがあればお前の子供たちにグチればいい」
「あいつら?なんであいつらに」
「もうみんな大人じゃないか。お前がそんなに立派なおとうさんじゃないってこと、バレバレなんだから、たまには弱みを正直に話せよ」

「見栄をはる気持ちをなくしたら親じゃいられない」
「そうかい?おとうちゃんさあ、かっこ悪かっただろ。家でも、畑でも、おかあちゃんにいつも怒鳴られていて、それが近所にまる聞こえ」

「うん『ミノルさん昨日もハナちゃんに怒られよったねぇ』って近所のおばさんによく言われた」
「納屋の裏にエロ本隠してた」
「こっそりボクも見てたけど」
「市場に行ってるはずが、競艇に行って負けて帰ってきてた」
「『若い頃は男前じゃったのに』とか言われていたってことは、ボク等の覚えてるおとうちゃんは」
「オトコマエじゃなかったな。でも、お前、だからっておとうちゃんを馬鹿にしてたか」
「そんなことないけど」
「だったら、お前の子供たちもそうじゃないのか」
「なのかな。でも、あいつらに弱み見せるなんて…。でも、うん、少しはいいかな。にいちゃん長い間ありがとう。ゆっくり眠っていいよ。さようなら」

-------------------

って、また音楽に関係ないこと長々と書いてしまいましたね。
申し訳ないです。

まあ、こんな風に書いてますが、死んじゃった人は色々美化してしまいますからね。
本当に生きてたら兄弟げんかばかりしてるかもしれないのに。

「えー、ごほん」
「うん?誰だ今の声は」
「あのーだな」
「って、にいちゃん?成仏したんじゃないの」
「それがあの世でもテイネン延長が」

てなわけで、私はタダモノ論者なんで、あくまで霊魂なんて信じません。
誰か私の背後に、30前後のいい男
*注)自分の兄のことながら、私の従妹たちは今でも「タダシ君は男前じゃったねぇ」とため息まじりに言いますよ。
が見える人がいたとしても気にしないでください。

2011.05.20 19:45 URL | とびたか #FMkYlHcw [ 編集 ]


florallyさん


ありがとうございます^^;
仕事が忙しくあまり家にいないことで寂しい思いもしましたが、
仕事に対する思いや姿勢はすごいと子ども心に思っていたので、
私も見習いたいなと思います。
ホント、人生まだまだこれからですよね(笑)!
忙しかった分、ゆっくりしていろいろ楽しんでほしいと思いますが、
温泉は言わなくてもせっせと行くと思います(笑)。
温泉良いですよね~i-189久々に温泉でのんびりしたいです^^;

2011.05.20 21:17 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]


skyさん


ありがとうございます^^;
そうですね、不規則な勤務ですから、
どうしても周りにも負担がかかりますよねー。
私も兄と分担していろいろやりましたし!

母の場合は、準夜は夕方4時半頃に行って夜中の2時頃に戻ってきてました。
ただ、準夜の場合は翌日日勤(朝9時から勤務)のことも多かったので、
一番きついシフトだったように思います。
日勤深夜と言って、昼間普通に働いて、夕方6時ごろ戻ってきて、
夜中の12時半ごろまた深夜勤に行くということもあったので、
仕事はホントにハードだったと思います。
お給料のことは私は聞いたことはなかったですが、
同じく看護師になった友だちが、少ない、割に合わないとこぼしてたので、
やっぱり良くないのだなーとi-201
やっぱり3Kですよねi-202早く改善されると良いのですけど^^;

skyさんのご家族にも看護師の方いらっしゃるのですね。
周りのご家族も大変だと思いますが頑張って下さいね!

2011.05.20 21:44 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]


ばんちゃん父さん


自分の親ながら、本当に頑張ってきたと思います。
今まで頑張ってきたのですから、これからはゆっくりして欲しいですが、
じっとしていられない性分なので、ゆっくりはちょっと無理かも(笑)。
使命感があるかどうかはわかりませんが、他人のために動くのが苦にならないようですねー♪
家族の支えなんて言われるとちょっと照れますが、
ちょっとでも力になれていたなら嬉しいです(^^ゞ

2011.05.20 22:02 URL | エラニユース #L2yEmyYw [ 編集 ]


らべんだ~さん


ありがとうございます(^^ゞ
40年以上、仕事第一で突っ走ってきたので、
その仕事をやめるのはかなり寂しいようです(笑)。
これからはゆっくりして、やりたいことを楽しんで欲しいですねー♪
でもじっとしてられない性分なので、ゆっくりは無理かも(笑)

2011.05.20 22:18 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]


とびたかさん


うわー、とびたかさんのショート(でもないですね・笑)久々で嬉しいです(^^♪
しかし、とびたかさんお兄さん亡くされてるんですねi-201
でも、カッコ良くで優しいお兄さんだったのですね^^;
私の兄は4つ違いと少しだけ歳が離れていたのですが、やっぱり優しい兄でした^^;
でも、怒らせると一番怖いのも兄でしたねー(笑)。
両親が忙しかったから自分がしっかりしなければと思ったのか分かりませんが、
とてもしっかりした兄で、お陰で私はのほほんとのんきに育ちました(笑)。
今思えば、しっかりせざるをえなかったのかなぁと思います。
とびたかさんのお兄さんもとてもしっかりしていたようですし、
やっぱり環境って影響しますよね~。
それにしても、カッコイイとびたかさんのお兄さん、ぜひお会いしたかったです(笑)

2011.05.20 22:42 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]

お母様は天職にめぐり合ってしまったのですね。医療・福祉関係のお仕事をされている方というのは、何か特別なものをお持ちのような気がします。
この2年ほど、たくさんの看護師さんにお世話になりました。みな、お忙しいのにいつも優しく接してくださいました。
背中をさするだけでも、看護師さんのさすり方は安心できて気持ちが良かったようです。
最近は激務の病院から訪問看護の場に移られる方が多いと聞きますが、ずっと病院で人のために尽くしていらしたお母様、私も尊敬します。
本当にお疲れさまでした。
(でも、お話の様子からするとそのうち非常勤とかで働きに行きそうな気が…^^;)

今は尊敬しているとおっしゃるエラニユースさんですが、子供のころは辛かったでしょうね。具合が悪い時、心細い時、家に帰ってもお母さんがいない、夜になってお母さんのそばで眠れないというのはどんなにさみしかったでしょう。

これからはお母様と過ごす時間をたくさん作ってくださいね。今までの分、たっぷり甘えてもいいと思いますヨ。

2011.05.21 01:14 URL | 金魚 #JalddpaA [ 編集 ]

エラニユースさん、こんばんは。

お母様、ご退職おめでとうございます。
私は、本当に退職まで頑張っておられる方って、すごいっ!!の、何者でもないと思ってしまいます。
しかも、看護師さんって、本当に大変ですよね・・・。
これからのお母様の人生が、より一層、素晴らしくになりますように☆

2011.05.21 20:22 URL | zhizichan #- [ 編集 ]


金魚さん


ありがとうございます♪
天職だったかどうかはわかりませんが、確かにむいていたと思います^^;
他人のために動くのが苦じゃないような人なのですが、
福祉・医療関係のお仕事の人たちはそういう方が多いのではないでしょうか。
確かに3交代勤務はきついので、訪問看護の方に行かれる方も多いですが、
訪問看護もとても需要のある重要な仕事だと思います^^;
母も病院じゃなくてもまたそんな仕事しそうな気がします(笑)。
でもしばらくはゆっくりして欲しいですね♪

親があまり家にいないのはそれが普通だったので辛くはなかったですが、
学校行事の時、友人の親は来てるのに来てもらえなかったりがちょっと寂しかったですねー。
今なら仕方なかったんだって分かりますけどi-201

実家から出ているのであまり一緒にいることは出来ませんが、
出来るだけ親孝行はしたいなと思ってます^^;

2011.05.21 21:14 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]


zhizichanさん


ありがとうございます^^;
退職まで仕事を続けるってすごく大変だと最近つくづく思いますが、
好きな仕事だから続けられたっていうのが大きいと思います。
看護師は確かにものすごく大変ですけど、やりがいも大きいようですし♪
これからはゆっくりして、いろいろ楽しんで欲しいですね^^;

2011.05.21 21:20 URL | エラニユース #ZB19ZV5w [ 編集 ]













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